7sea-chickenzとは


7sea-chickenzは、メディアやアートにかかわる個人による、NATOによる空爆開始と、セルビア共和国政府によるメディア抑圧をきっかけに結成された独立系メディアを支援するネットワークです。特定のイデオロギーや政治的立場を出発点とするのではなく、各人の視点を尊重しつつ、現在の情報環境を読み取り考えていく場を提供することを目的としています。

「7sea-chickenz」という名前は、ボスニア戦争時に援助団体から送られた日本のツナ缶などの魚の缶詰が、総称され「シーチキン」という名で、人々に重宝されたというエピソードから付けられました。戦争時に並行して行われる独立系メディアの弾圧や、メディア一般がかかわらざるを得ない「情報戦争」が、セルビアやコソボだけではでなく、世界(7 seas)に共通する大きな問題であることも含意しています。付け加えれば、英語の「chicken」には「臆病者」や「青二才」という意味もあります。(^^:)

7sea-chickenzは、日本のマスメディアではほとんど報道されない重要な情報や文献の翻訳・紹介、FreeB92及びそれを支援する大阪のHelpB92ほか海外の独立系メディア支援グループとの連携、支援を必要とする独立系メディアおよび難民の人々へのさまざまな形での支援活動から始めます。また今後メンバーが広がるにつれて、新たな活動も加わっていくことでしょう。情報の海に流されず、一人一人がポジティブに泳いでいくためのアンテナとして機能できればと願っています。


7sea-chickenz

伊藤忍(オペレーション・マネジャー/P3)
岡田智博
沖啓介(アーティスト)
小崎哲哉(マルチメディア・プロデューサー、ジャーナリスト)
近藤真里子(学生)
斎藤かぐみ(翻訳業)
四方幸子(キュレーター)
鶴岡美幸(ライター)
デヴィッド・ディヒーリ(old media)
藤部明子(写真家)
ナカノケン(デザイナー/Graphicchi)
福田幹(展覧会マネージメント)
宮田和樹(旅行記の製作及び批評・ノマディズム)

7sea-chickenz、活動の動き

3月23日
NATO軍によるユーゴ空爆が開始される

3月24日
B92のラジオ放送がセルビア共和国政府の手によって禁止される

HelpB92 キャンペーンがアムステルダムで始まる

Webサイトや関係メーリングリスト、その他直接連絡によって、キャンペーンの輪が世界規模で広がる

3月25日
HelpB92 キャンペーンのメンバーより、日本で通常時より関係を持っていた何人かにキャンペーンの状態についての照会のメールが届く

メールの照会に対して、日本からコソボ・セルビアの独立系メディアを支援するため の機運が、東京・福岡(のちの7sea-chickenz)と大阪(のちのHelpB92 OSAKA)で同時に高まり、サポートグループ設立のための議論が電子メールを通じて活発化する

4月2日
B92のオフィスが政府の手によって強制的に閉鎖され、インターネットによる配信の道を閉ざされる

4月3日
スターバックスコーヒーお茶の水店にて、ジャーナリズムおよびメディアアートによる関わりあいの中から、コソボ・セルビアの独立系メディアが対峙している問題に 危機意識を感じた有志が集まり、何が今出来るかを話し合う
結果、バルカンのみならず、世界各地で危機的状態にある独立系メディアの 状況と支援へのチャンネルを東京から情報提供する、サポートグループ設立の ための会合を実施、名前を7sea-chickenzと名付ける

4月4日
HelpB92 OSAKA サイト公開開始

7sea-chickenz・メーリングリスト開設

4月12日
B92の設備を用いた政府による放送が開始される

4月24日
緊急研究会「コソボ問題と自主メディア」
--難民支援の糸口とユーゴスラビアのメディア状況理解のためにを横浜にて7sea-chickenz主催で開催

5月3日
B92スタッフ有志と世界各地の支援者によってFreeB92のWEBサイトが立ち上がる

5月20日
HelpB92 OSAKA と7sea-chickenzの有志が母胎になった、情報翻訳のためのグループのためのメーリングリストが立ち上がる

5月末
HelpB92 OSAKAの累積ビジター数1万ビジター突破

6月10日
NATO軍、ユーゴスラビアに対する空爆が停止する


<< トップページへ