‘ひまわり’をもう一度咲かせよう !!!
アップデート3



このアピールを電子メール、郵便、ファックス、電話で世界中に知らせて欲しい。

‘ひまわり(アップデート2)’については下記のURLを参照のこと。
http://www.ddh.nl/org/balkansunflower/99/update1.html

連絡先は以下の通り。

Balkan Sunflowers
c/o wam kat
Postfach 1219
D-14806 Belzig
+49-(0)33841- 595 33 (88 fax)
wam@mir.org

若しくは

Centar za Mirovne Studije
(center for peace studie)
Vanja Nikolic
Zagreb
vnikolic@zamir.net



 『‘ひまわり’をもう一度咲かせよう』というイニシアチブは、混沌とした個人的なイニシアチブからより調整された行動へとゆっくり成長している。現在僕らはドイツに管理事務所を設立中だ。過去数日間に個人からの財政上の支持があったので、当初の費用の為の資金を集めることが出来た。

アルバニアとマケドニアへの最初の国際ボランティアグループ

 もしこのイニシアチブが過去5日間と同じ速度で続くとしたら、5月中旬にボランティアの最初のグループが難民キャンプへ出向き働き始めるという可能性は非常に高い。このことは、恐らく今日明日中にでも現地に行きたいと考えている人々にとっては残念な響きがあるやも知れない。しかし、全ての行動には事前の準備が必要で、それを怠っては、国際ボランティアは積極的には働かず、むしろ消極的な行動をとることになる。

 来る何週間かの内に、戦争報道は毎日のメディアからゆっくりと消えてゆくことだろう。しかし、難民はまだそこにいる。彼らには僕らの手助けが是非とも必要なんだ。

 もし、君が既に現時点で何時、この最初のチーム(若しくは後発のチーム)に参加できるのかが分かっていれば、僕にこのインフォメーション、君の年齢、職業を添えたメッセージを送って欲しい。宛先はwam@mir.org 若しくはvnikolic@zamir.netだ。計画を始めよう。

草分け

 最初のグループが赴任出来るようになる以前に、僕らには約10人程度のグループ、所謂、草分けが必要なんだ。難民センターの状況、また何処から仕事を始められるのかといったことの調査をするため、また地上でのネットワークの構築のために、スコプイェ、あるいはチラナへ直ぐに行ける(時間、エネルギー、そして金銭的に余裕のある)人はいるだろうか?連絡を待っている。他に重要なこととして、様々な難民センターできちんと行動がとれるよう協定を得るために、地元や国家の権威者、また世話人とコンタクトをとるという作業がある。‘サンクロケット(ひまわり)’はクロアチアとボスニアでは35以上の難民センターで働いたけど、行動する許可を得るのに大きな問題はなかった。しかし、それでもこの手続きは正しく行っておく必要がある。

www.balkansunflowers.org

 まだ準備段階だけど、ここ数日中にはこのアドレスは有効になる。既にここに手伝いをしてくれている人達がいるけど、デザインやアップデートなどまだまだ沢山の仕事が出てくる模様だ。こういったことを手伝ってくれる人がいれば、連絡して欲しい。

国際ボランティアに必要な技能

 先日までに僕は音楽家、俳優や劇作家、画家といった人達から手助けが出来ないものかという問い合せのメールを沢山受け取っている。多くの人は難民キャンプでの救援活動というと、僕らが工業的な技術や医療技術、テントの設置や水の供給、人々の治療、といったことを必要としていると考えるようだ。‘サンクロケット(ひまわり)’には独自の医療援助部門があり、キャンプ設立の手助けをし、ということで、基本的な仕事は全く異なったものだった。特に創造的な技術のある人を募集している。赤十字国際委員会(ICRC)、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR) 国際赤十字社(IRC)ケア(Care)ケープアナムール(Cape Anamur)国境無き医師団(Medicines sans Frontiers )などの大規模な組織の大半は基本的なことの大部分を賄うことについては(ある程度準備期間を経れば)非常に有能だ。だから、どうeS躇わずに応募して欲しい。特に創造的な人々が必要だ。もし君が、たとえ言葉なしでも、劇をつくることが出来るとすれば、それは大変素晴らしいことだ。また、君が子供達と共にビデオをつくることが出来るとすれば。あるいは、歌が唄えたり、スポーツに秀でていたり、陶器の制作について詳しかったりすれば・・・僕らはこういった人々を必要としているんだ。

トラウマ

 人々が僕に尋ねるもう一つのことは、トラウマについてだ。一つ言っておこう。これらの人々(難民)は普通の人間だ。彼らは精神的に衝撃的な経験をくぐり抜けているので、これを癒すための専門的な援助を必要としている。もちろん、この分野からの専門的な援助を必要としている。しかし、次に僕が述べることを信じて欲しい。ボスニア戦争後に学んだことなんだが、この世界中何処を探してもトラウマ危機干渉についての治療のトレーニングを積んだ人は十分な数ではないということだ。僕は既にトラウマ危機治療の専門家で、ボランティアの人にトレーニング・プログラムを提供する意欲のある人を数人を見つけいる。もちろん、これからの参加も大歓迎だ。どうかこの行動に参加してもらいたい。

 しかしながら、トラウマをおった子供たちと過ごすにあたっては、君が精神科医である必要はない。僕らが必ずしも過去のトラウマ経験を癒すということが出来るとは限らないけど、少なくとも難民たちが新たなトラウマを経験することを防ぐことは出来ると思う。

アルバニア語が分からない

 正直言って、僕もまだ最初のアルバニア語を学ばなければいけない段階だ。既にここドイツに少しの間暮らしているコソボ・アルバニア難民からごく僅かなことを学び始めたのだけれど、多くではない。僕がクロアチアに行った当初には、言葉が分からなかったけど、およそ5年の歳月を経て、もちろん状況は少し変わったよ。ボランティア同士が、少なくとも同じような言語を話す限りにおいては、言葉を知らないことが問題になったことはない(僕の英語は括滾だとはいえないけど)。

 君は多くの若いコソボ人が少なくとも英語かドイツ語(または、フランス語、けど比較的小数)、若しくは他のスラブ語を話すか、多少理解することに気がつくだろう。彼らが話せなくても、君から言葉を学ぶ時間と意志がある。‘サンクロケット(ひまわり)’のボランティアの人々のお陰で、先のボスニアの難民の皆が世界中からのアクセントをともなった英語を話している。

 更に、もちろん、言語以外にもコミュニケーションの方法はある。君は自分の顔、手、身体、足でもってどれほど多くのことが伝えられることかに気がつくだろう。新しい経験だ。

 もし君が各々の子供、女性、男性に過去数カ月、あるいは数年で何が起こったのか、という悲劇的な話を全て聞くことが可能となるなら・・・これはつねに容易なことではない。言葉を話せないことは、場合によっては利点にもなる。君はは各々の話を理解しなくとも、十分に目で確かめることになるだろうから。

地域と国家のコンタクト・ポイント

 ここ数日間、人々はこのイニシアチブを接収し、彼らの地域でのネットワークの計画を開始している。次のアップデート版にこの地域と国家のコンタクトポイントのリストを掲載することが出来ればと考えている。次のアップデート版にアドレスを載せたい。どうか君自身、若しくは君の組織から情報を僕にメールして欲しい。

アルバニアとマケドニアのコンタクト

 マケドニアの最初のコンタクト探しは始まりつつある。アルバニアに関しては、僕らはまだコンタクトを探している。君に組織のパートナー、友人、などがいれば僕らに知らせて欲しい。

このイニシアチブを支持している個人と組織について

 多くの人々が個人的な電子メールでこのイニシアチブを支持していることを僕に伝えてくれてはいるのだけれど、僕らは幾分名の知られた支持者(政治、教会、組合、人権問題等の行動団体、オルターナティブ・ノーベル平和賞の受賞者)のリストを作りたいと思っている。もし君がそういった人物であれば、あるいはそういった人物を知っていれば、僕らに知らせて欲しい。支持者/団体のリストを作成する。これは近い将来に公的支持を受ける際に役立つ筈だ。

銀行口座

 現在組織全体がフルスピードで働いるけれど、銀行口座を開設するにはあと数日かかるだろう。もし、君の組織がこういった可能性を持っているのであれば、知らせて欲しい。次のアップデートに掲載したい。

メディアとプレス

 インターネットは非常に強力で有力なメディアだけれど、まだその範囲はこのようなメッセージを偶然に受け取り行動する人々に限定されている。だから、ここ数日、テレビ、ラジオ、新聞といった媒体からの異なるジャーナリストと接触できたことは良かった。それほど国際的に知られていないメディアが殆どだったけど、ニューヨークタイムスから僕らのイニシアティブについての情報の問い合わせもあった。僕はある種のインターネット信者だけど、新聞がこのイニシアチブを取り上げて記事にすることについては嬉しく思っている。僕らには可能な限り広範囲なサポートが必要だ。

この情報を広めること

 未だにこの情報を流しても良いかと僕に尋ねる人がいるけれど、僕の答えは簡潔明瞭だ。是非これをあらゆる人、あらゆるニュースグループに送って欲しい。各々の言語に翻訳して、形式を変えても構わない。どれだけの人が手助けをしたがっているかということに驚くと思う。僕は既にこのメッセージを翻訳して広めている様々な国の人達から、メッセージを受取っている。

バルカンへ赴く以外の援助

 現時点での最初で最大の支持はこの情報を広めることだ。この情報を正しい人のもとへ届けよう。しかし、もちろん、実際の行動への支持も開始出来る。つまり、現地へ赴きたいけど旅費が賄えない人への援助であるとか、絵の具、紙、鉛筆、ボールなど難民センターで必要とされているものの購入費を援助することだ。もちろん、これらをまとめるインフラの費用も(残念ながら)必要だ。

昔の‘サンクロケット(ひまわり)’ボランティアの経験

 インターネットで調べる時間がありませんでしたが、僕は‘サンクロケット(ひまわり)’ボランティアの多くがオンラインで話を書いたり、ザグレブ日記のように日記を公開したりしているのを知っている。君は最初の‘サンクロケット(ひまわり)’が如何にして始まったかをオンラインで読むことが出来ます。

非暴力

 これは言う必要のないことかも知れないけれど、もう一度言っておこう。これは厳格に非暴力なイニシアチブだ。また非国粋主義でもある。クロアチアとボスニアと同様のプロジェクトがセルビアにも開始され、このプロジェクトの幾つかは15日間経ってまだ続いてる。戦争の被害者を助けることが目的で、戦争を支持したり、新たな戦争に参加してはならない。

 全ての‘サンクロケット(ひまわり)’、ネクサス(NEXUS)、 ARK、ピースホステル(PEACEHOSTEL)そしてパクラック(PAKRAC)のボランティア(そしてEYFAのアクティビスト)へ感謝を捧げる。必要である際にネットワークがまだ活動中であることは素晴らしいことだ。

1999年4月7日水曜日

 今日はまさに僕がザグレブで小さな行動をおこしてから7年目の日だ。クロアチアでの戦争は多かれ少なかれ終了しており、国連保護軍が丁度到着したところで、クロアチアでは比較的平和なこの状況が1995年まで続いたにも関わらず、当時ザグレブは砂袋で一杯だった。しかしこれは別の話しだ。とにかく、僕はそれらの砂袋にひまわりの種を詰め始め、数週間の内にザグレブのいたる所で砂袋から小さなひまわりが太陽の方向に向かって芽吹いているのが見受けられるようになった。スラブ語で‘サンクロケット(ひまわり)’という単語はまた‘向日性’ということも意味する。最初で最大のひまわりが(それは50cm以下のものでしたが)咲き出した時、街は砂袋を移動させ始め、戦争の影がゆっくりと街の普段の生活から消え始めた。

 その間、僕らがザグレブに反戦争キャンペーン事務所を設立し、難民センターにおいて人間の「サンフラワーズ(ひまわり)」イニシアティブを開始した。3週間の準備期間の後に僕たちはクロアチアの周辺の最大の難民キャンプで3つのキャンプを始め、そこに数年間滞在した。これは本物のひまわりと同様に春に始まった。 微笑ましいことだ。

今平和を

ヴァム


訳: 藤部明子


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